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【アラベスク】  第9章 蜜蜂



第2節 水と油 [15]




 なんでこんな事になっちゃったんだろう?
 目の前で叫び声をあげる下級生。聡の義理の妹。

「こんなところで、何をなさってますのっ!」

 咎める瞳がまるで獣のようだった。私は彼女に、何かしたのだろうか? 今思えば、最初から好意的ではなかったな。
 まだ春の名残が漂う校庭での出会い。自分を助けてくれるような行動を示しながら、なんとも冷たい態度だった。あの時は、どこの誰かもわからなかった。
 二度目にその姿を見たのは廊下で。二年生の教室が並ぶ廊下を、緩は同級生を従えて通り過ぎた。お互いその存在を目にしながら、聡は背を向け、緩もまるで気づいていないかのような態度だった。
 思い返せば、好意的な態度を示す緩の姿など一度も見ていないような気がする。もっとも、彼女の姿を頻繁に目にしているというわけではないのだが。
 誰に対しても攻撃的で排他的な態度で接しているだけなのだろうか? でも、しがみつかれて喚かれるのは普通じゃない。
 わからない。
 混乱する頭を捻る先、放り出された携帯。
 霞流さん
 思うと胸が苦しくなる。
 考えたくない。もう何も、考えたくないな。
 しばらくして、携帯が鳴った。だが、美鶴は手にも取らなかった。
 誰だかはわからないが、霞流でないことはわかる。彼だけ、着信音が別で設定されている。霞流から電話がかかってくれば、メールが届けばすぐにわかる。
 その後も携帯は頻繁に音を立てた。だが美鶴は出なかった。
 何もかもが億劫で、すべてを忘れてしまいたかった。聡や瑠駆真へメールを一文送ったのは、連絡がつかないからと言って二人が騒ぎ出すと困ると思ったからだ。
 澤村優輝との一件から、まだ一ヶ月も過ぎていない。だが、電話で話しなど、したくもない。
 ほっといて
 その一文のみを聡や瑠駆真、ツバサへ送り、電話には出ないままベッドにうつ伏せ、微睡(まどろ)み、やがてそのまま深い眠りへと落ちていった。
 目覚めてみれば、携帯には膨大な量の着歴。メールも多数。
 どうせ内容など知れている。読みもせずに削除していった。だが一件一件、誰から来たのか、慎重に確認しながら消していった為、聡や瑠駆真からのメールに混じっていたツバサからのメールを誤って削除してしまうようなヘマはしなかった。
 二人にアドレスを無理矢理知られた後、ツバサにも教えた。

「あのシャンプーの会社のホームページってさ、携帯からでも見れるのかな?」
「見れるみたいだよ。あ、でも商品買ったりってのはできないみたいだけど」

 ツバサは別に(いぶか)しむこともなくホームページのアドレスを教えてくれた。その時に聞かれ、アドレスも電話番号も教えた。
 ツバサのメールにシャンプーの内容が記載されていると、どうしても無視できなくなってしまう。別にまだ美鶴の手元に在庫はあるのだが、いつか無くなれば、またツバサを頼らなくてはならない。そう思うと、どうしても反応してしまうのだ。



「その結果が、これか」
 我ながらあまりに無様で、腹が立つ。別に待ち望んでいるわけでもない。なのに聡と瑠駆真、二人がいつ来るのかと気になってしまう自分が、ひどく嫌だ。
 母も出かけ、美鶴一人には広すぎるマンションの一室。もう少しすれば、ここに二人の男子高校生が追加される。
 二人、だけだよな? まさかツバサやその彼氏まで押しかけてくるなんて展開には、ならないよな?
 ツバサなら、そんな事はしない。と思う。
 彼女は、不必要に他人の問題に首を突っ込むような人間ではない。澤村優樹の件についても、あれこれ問いただしてくる事はなかった。シャンプーについても同じだ。
 里奈が蔦康煕の元カノだったらしいが、きっと彼女なら気にもしていないのだろう。見た目と同じで性格もかなりサッパリしていそうだし、何も気にする事なく蔦康煕や、唐草ハウスでは里奈と顔を合わせているに違いない。
 あのくらい割り切れたなら、私ももっと楽な毎日を送ってたのかな?







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